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洪鋒雷研究室@横浜国立大学 理工学部・大学院工学研究院では、超精密分光・量子計測を専門とし、光コム、光周波数コム、光時計、原子・分子、量エレ、原子時計、量子標準の研究・教育を行う

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 光コムとは



光コム -光科学のイノベーション-

洪 鋒雷


 2005年ノーベル物理学賞の受賞理由の一つはモード同期レーザーによる光コム技術の開発であった。超短パルスレーザーと精密分光の融合技術である光コムは高精度標準などの精密計測に欠かせない道具となった。本稿は、光コムの誕生を振り返りつつ、光コムの測定原理について述べる。また、光コムがもたらしてくれたもの及びこれから発展する研究内容について紹介する。

1.まえがき

 1997年頃、筆者は米国コロラド州のJILA研究所に滞在し、ヨウ素安定化Nd:YAGレーザーの周波数を測る研究に携わっていた1,2)。当時、レーザーの周波数を測ることは大変な苦労を伴うもので、多くの安定化レーザーや非線形逓倍混合素子を用いた「周波数チェーン」3)という複雑な装置を自ら開発する必要があった。JILAのホール(J. L. Hall)のところでは、633nmのヨウ素安定化He-Neレーザーと778nmのRb安定化レーザーを基準とした周波数チェーンを作り、532nmのヨウ素安定化Nd:YAGレーザーの周波数を測定していた。ちなみに、筆者が周波数比較をするためにJILAに持ち込んだ可搬型のヨウ素安定化Nd:YAGレーザーは、後に各国の標準研を回ってJILAで測定したレーザーの周波数値を伝えるという役目を果たした。
 またその頃、米国立標準技術研究所(NIST)では水銀イオンを用いた光周波数標準の研究が大きく前進し4)、その周波数計測が重要な課題となっていた。この課題に取り組むため、JILAとNISTの研究者による合同作戦会議が毎月のように開かれていた。一方、ドイツマックスプランク量子光学研究所(MPQ)のヘンシュ(T. W. Hänsch)のグループでは、水素原子の1S-2S遷移周波数を測るために、研究者たちが周波数安定化レーザーとモード同期レーザーのビート周波数計測に挑んでいた5)。これは、モード同期レーザーの周波数特性を利用した新しいアプローチであった。また、超短パルスモード同期レーザー自身の研究もいよいよ成熟し、その頃4.5 fsの最短パルス幅記録が出された6)
 このように20世紀の終わり頃は、レーザー周波数精密計測にとって黎明期であり、ultrafastとultra precisionが出会う直前の時期であった。

2.光コムの誕生

 超短パルスレーザーを正式に登場させる前に、まず興梠、中川、大津らが開発した電気光学変調器を用いた「光周波数コム発生器」7)について言及しておこう。光周波数コム(以降略して「光コム」と呼ぶ)は、周波数軸上に等間隔に並んだ成分(モード)からなる櫛(コム)形のスペクトルを持つ光信号である。例えば、単一周波数のレーザー光に位相変調を加えると測帯波が発生し、その結果光コムが得られる。より広い周波数スパンの光コムは、位相変調を起こす電気光学変調器を光共振器中に入れることにより実現された7)。このように作られる光コムの周波数スパンは数10THzに達し、周波数チェーンの一部として用いられた。実際、JILAでも2)MPQでも8)このタイプの光周波数コム発生器が導入されていた。光周波数コム発生器は、光周波数の差を測定するのに大変有効であったが、レーザー周波数の絶対値(数百THz)を測るのには応用できなかった。
 1999年に、超短パルスモード同期レーザーを用いて周波数計測ができることを、MPQのヘンシュグループが初めて実証した9)。この実験では、18.39 THzの光周波数の差をモード同期チタンサファイア(Ti:S)レーザーの244000個のモード間隔でつないで測定した。また、モード同期レーザーのモード間隔が約20 THzにわたって、3×10-17の不確かさで均一であることも実験で示された10)。Ultrafastとultra precisionの出会いがここから始まり、数多くの研究成果を生み出し、1つの研究分野を作った。2000年4月10日には、モード同期レーザーを用いた初めてのレーザー周波数絶対値の計測が報告された11)。この実験では、従来の周波数チェーンを一部補助的に利用しながらも、周波数基準であるセシウム原子時計に基づく真空UVレーザー光の周波数をモード同期レーザーで測定した。この論文の約2週間後(4月28日)、JILAのホールグループが補助の周波数チェーンや安定化レーザーを一切必要としない、モード同期レーザー単体による自己参照法を用いたレーザー周波数の絶対計測を報告した12)。ここでは、当時開発されたばかりのフォトニック結晶構造をもった光ファイバー(PCF)13)によって、中心波長800 nmのモード同期Ti:Sレーザーのスペクトル幅を1オクターブ(高周波端が低周波端の2倍の周波数)以上に広げることができ、自己参照法が適用可能となった。これにより、1台のレーザーを用いるだけで可視から近赤外にわたる1オクターブ範囲内のレーザー周波数を常時測定することが可能となり、光コムが完全な姿で誕生した。また、モード同期レーザーを用いたヨウ素安定化Nd:YAGレーザーの周波数計測の結果が、JILAとMPQ両グループによる共同研究の成果として、1ヶ月後の5月29日に発表された14)
 これらの研究は、光コムの基本的な原理やその実証を示すものである。ホールとヘンシュは、「光コム技術を含む、レーザーを使った精密分光の発展への貢献」が認められ、2005年度のノーベル物理学賞を受賞した。両氏の研究業績、人柄及び日本との関わりについていくつかの解説で詳細に述べられている15~17)


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[本文書は、「応用物理」第79巻、第6号、pp. 546-549 (2010)に掲載されたものである。]

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[応用物理 Vol. 84, No. 1, p. 30 (2015)]


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