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洪鋒雷・赤松大輔研究室@横浜国立大学 理工学部・大学院工学研究院では、超精密分光・量子計測を専門とし、光コム、光周波数コム、光時計、原子・分子、原子時計、量子標準の研究・教育を行う

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 光コムとは



4.光コムの発展と応用

 モード同期Ti:Sレーザーを用いて構築した光コム(Ti:Sコム)は周波数計測に革命をもたらし、大きな成功を収めた。しかし、光コムをより多くの人々に使ってもらうためには、精度の確認及び信頼性や使い易さなどの改善が必要であった。精度の確認においては、光コムを用いてレーザーの周波数を比較もしくは位相同期する場合、光コム自身の不確かさがわずか10-19レベルであることが実験で確かめられた18)。周波数安定度の指標であるアラン標準偏差が平均時間1 sにおいて2.3×10-17という光コム自身の安定度18)も、高精度な光時計19)と比べて2桁以上良い(図3)。一方、光コムから高安定なマイクロ波を発生させるときには受光器の雑音などの影響があって、安定度が平均時間1 sにおいて2×10-15となるが20)、それでも高安定なマイクロ波時計である原子泉型セシウム時計21)や水素メーザーと比べて1~2桁良い(図3)。これは、各種の応用において光コムの周波数安定度や不確かさがボトルネックになることはないことを示している。


図 3 各種周波数標準及び周波数リンクの安定度比較。光コム18)、光時計19)、セシウム原子時計21)、水素メーザー、光ファイバーリンク30)及びGPS周波数リンクのアラン標準偏差が示されている。

 実用性の方向では、モード同期ファイバーレーザーの絶対周波数計測における応用が大変注目されていた22)。Ti:Sコムの高価かつかさばる固体レーザー励起光源の替わりに、ファーバーレーザーは安価で小型の半導体レーザーを励起光源として使うことができる。またTi:Sコムはレーザー光とPCFの結合効率の不安定性から長期運転が難しかったが、ファイバー型光コムの場合は1オクターブのスペクトルを発生させる高非線形ファイバーがファイバーレーザーに融着されるので問題は解決される。ファイバー型光コムは、スイッチ一つで操作できる23)、また数週間の連続運転も可能である24)ことから、その優れた実用性が証明され、今や光コムの主流といえる。

 光コムの発明は、多くの研究分野に飛躍的な発展をもたらした(図4)。光周波数標準(光時計)の研究においては、光コムとともに光格子時計の提案と実現25,26)により、秒の再定義や物理定数恒常性の検証へ向けて大きく前進した。一方長さ標準への応用では、「光周波数コム装置」がヨウ素安定化He-Neレーザーに取って代わって長さの国家標準となった27)。光コムは周波数計測だけではなく、レーザー周波数制御のツールでもあり、冷却原子や量子情報などの実験でも欠かせない存在となりつつある。




図4 光コムの多岐にわたる応用。


 また光コムの広帯域化も進み、ドイツのMPQグループと米国のJILAグループがUV光コムの開発にしのぎを削っている28,29)。周波数リンクという今後注目される新しい分野においては、32 kmの光ファイバーによる光周波数伝送の安定度が平均時間1 sで2×10-17となり30)、GSPによるマイクロ波の周波数リンクと比べて5桁以上の改善が見られた(図3)。つくばから東京まで120 kmの光ファイバーを用いて、東大のSr光格子時計の精密周波数計測が行われた31)。もともと超短パルス研究の恩恵にあずかった光コムの開発が逆に超短パルスの研究の役に立っていることもある。

 2台の独立したモード同期レーザーの間に位相同期を施すことにより、より短いレーザーパルスが得られた32)。さらに光コムは、呼気の分析33)、惑星探査34)、加速器35)などの研究にも応用され、研究のすそ野がますます広がっている。データベースISI Web of Knowledgeにおいて、キーワード「Optical frequency」で調べた論文発表及び論文引用の数を図5に示す。論文発表の数はほぼ直線的に増えているのに対して、論文引用の数は特に99年以降大きく伸び、この分野が大変注目されていることがわかる。


図 5 「Optical frequency」をキーワードに、ISI Web of Knowledge(トムソンコーポレーション株式会社)で調べた論文発表及び論文引用の数。

5.むすび

 レーザーが実現してから50年が経ち、我々はようやくレーザー光を自由に操れるようになってきた。その道具として光コムは大変有効であり、いずれ光シンセサイザーや光カウンターが製品化され、オプトエレクトロニクスの分野を大きく推進するであろう。光コムは、可視やUVだけではなく、赤外線やTHzへ延び、電磁波全領域をカバーすることが予想される。その応用も、情報通信、ペタワットレーザー及びテラヘルツ光源へと広がり、レーザーの発展にさらに大きく寄与するであろう。


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[本文書は、「応用物理」第79巻、第6号、pp. 546-549 (2010)に掲載されたものである。]

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